作品声明
ここは、壁です。
人を、集めています。
誰かに会うために、画面を開く。
誰かに会うために、国境を越える。
距離には、地図に記せないものがある。
《WALL.》は、日本とブラジルのあいだで生きてきた私が、日本各地をめぐり、自らのルーツを知り直す過程を、声、言葉、映像として残していく作品である。SNSのアカウントとウェブサイトを展示の場とし、2026年、いまも続く旅の記録を重ねている。
一つの言葉。一つの声。一つの場面。
私たちは、その小さな点から誰かを知る。その前にも、そのあとにも暮らしは続いているのに、分かったと思ったところで、見るのをやめてしまうことがある。
私も、そうしてきた。
本作の中心にあるのは、命、理性、感情、そして愛である。限りある時間を生きながら、何に心を動かされ、何を考え、誰とどう関わることを選ぶのか。その問いを、私自身の暮らしからたどっていく。
各地で何を見たか。その出会いによって、見ている私がどう変わったか。
流れていくものを、少しのあいだ、ここに留めておきたい。あとから戻り、同じ言葉を、違う自分でもう一度読めるように。
私は、ここに壁を立てた。
序章|この壁に、何を残すのか。
国籍はブラジル。家族のルーツは日本にある。
二つの国のあいだで暮らしてきた。場所が変わると、当たり前も変わった。自分では自然だと思っていた振る舞いを、別の場所で初めて意識することがある。
人との関係にも、それに似たところがあった。
上司としての私。息子としての私。誰かの恋人だった私。
関わる相手が変わるたび、一人では見えなかった自分が現れた。できると思っていたことができず、理解していたつもりのことを、理解していなかった。そのたびに、自分を見る目も少しずつ変わってきた。
絵を描くことが好きだ。その仕事が誰かのためになるなら、うれしい。
ブラジルには、家族がいる。
日本には、家族のような人たちがいる。
その両方を、自分の暮らしの中に持ち続けたい。
私は、一人ではできていない。
家族があり、育った環境があり、そこで人と過ごした時間がある。自分の言葉だと思っているものにも、誰かの声が残っている。自分を知ろうとすると、自分に関わってきた人たちのことを考えることになる。
BRAIN JUICEとして何を残していくのかも、そのつながりの中で確かめている。
私の経験から語る。見たことと、そう受け取ったことは、分けて残したい。数字や歴史に触れるときも、確かめられた事実と自分の解釈を混同しない。そのうえで、作品を通して対話をしたいと思っている。
SNSのアカウントには、鍵をかけている。一つの展示場だと思ってもらえたらうれしい。ときには、一枚のカードが、その入口になる。
早すぎるこの時代に、ここくらいは、少しゆっくりしたい。
ここに残すのは、2026年の私が考え、考え直した跡である。
まだ、旅の途中にいる。
一|途上
立派なことを考えられる日と、そのとおりに振る舞える日は、必ずしも重ならない。
頭の中では、誰にでも寛容でいられる。けれど実際に人と会えば、思うようにならないことがある。そこで何に苛立ち、何を他人のせいにしようとするのか。言葉にしていた自分と、その場にいる自分の違いが見えてくる。
一つの環境で長く生きてきた。その中で身につけた尺度を、私は、どこへ行っても使おうとしていたのだと思う。
この旅で変わり始めたのは、その尺度への信頼だった。
土地が違えば、暮らし方が違う。人が違えば、大切にしていることも違う。自分の見方に収まらないものを、相手の問題にしていなかったか。
知りたいと言いながら、知っている話だけを確かめに来ていなかったか。
だから、外へ出る。実際の土地に立ち、人に会い、頭の中では起こらなかったことを受け取る。考えた言葉と、そのときの自分の振る舞いを照らし合わせる。
行動を伴わない思想は、私の中で空論になる。ただ、遠くまで歩いたというだけで、考えが正しくなるわけでもない。
七箇条には、「分かった瞬間ほど、少し疑え」と書いた。
分からなくなることも、この旅で受け取っているものの一つだ。以前なら簡単に言えたことを、いまは少し待ってから考える。自分の未熟さに気づくたび、他人の事情にも、まだ聞いていないことがあると思う。
各地で何を受け取り、それによって何を考え直したのか。その変化を、この壁に残していく。
旅で変わった見方を、人との関わりや制作へ持ち帰る。何を描くかには、何を見て、誰とどう関わってきたかが表れるはずだから。
言葉の続きを、行いで書く。
二|来歴
帰るという言葉にも、人によって違う方向がある。
祖先が日本からブラジルへ渡り、世代を重ね、その先に私が生まれた。私は日系ブラジル人の五世であり、自分自身も、日本とブラジルのあいだを移ってきた。
移民の子孫として生まれ、また移動する。家族の時間には、出発と到着が幾重にも重なっている。
家系図では一本の線で結ばれるところにも、一人ずつの暮らしがあった。
ある世代が離れた場所で、別の世代が暮らし方を覚える。ある人の故郷が、別の人には、言葉や習慣を学び直す場所になる。同じ土地を指していても、そこへ向かう理由は一人ひとり違っている。
国籍を記す欄は短い。
そこへ至るまでの時間は、短くない。
何を懐かしいと感じ、どんな沈黙に落ち着き、どの距離に戸惑うのか。その感覚は、一つの欄には収まらない。
日本を歩いていて、私の中にあるブラジルに気づくことがある。ブラジルを思うと、日本で覚えた振る舞いが見えてくる。片方を知ろうとするうちに、もう片方の輪郭が現れる。
私は、そのあいだで暮らしてきた一人として語る。自分がどこから見ているのかを明らかにし、そこから見えていないものを知ろうとする。
景色はいつも、立っている場所の形をしている。
ルーツのある国を歩くことは、知っているつもりだった場所を、知らない場所として訪ね直すことでもあった。親しさを感じるところもあれば、分からないことが増えるところもある。
どこから来たのかを知ることは、これからどこで、誰と暮らすのかを考えることにもなる。
家族の来歴は、いま私が選ぶ暮らしにも続いている。
三|点と線
旅先で出会う人のことを、私はほとんど知らない。
どんな朝だったのか。このあと、どんな夜へ帰っていくのか。短い会話や、すれ違った表情からは分からない。
それでも、一人ひとりに人生があり、夜があり、生活がある。
出会った瞬間だけで、その人はできていない。
そう分かっているつもりでも、私は点で見てしまう。親切にされたら、その場所を好きになる。思うようにいかなければ、急に冷たく感じる。受け取った一部分を、その人や土地の全体へ広げてしまう。
私はいま、31歳だ。社会人として約十年、そのうち八年ほど、人をまとめる仕事に携わってきた。
仕事でも、一つの態度から、本気なのか、逃げているのか、言い訳をしているのかと判断したくなることがあった。
私にも、その全部がある。弱さを認める前に、理由を並べてしまう日がある。
何に本気で、何を守ろうとしているのか。その人に聞かなければ分からないことがある。役割を知っていることと、その人を知っていることのあいだには、距離がある。
画面の中では、一つの発言、一度の失敗、切り取られた表情から、すぐに判断ができる。その前後の時間は、画面の外にある。
さらに、その人には、まだ生きていない時間もある。
私も、考えを変えてきた。正しいと思っていた言葉に、あとから自分の未熟さを見つけた。いまの旅でも、分かったことと同じくらい、簡単には言えなくなったことがある。
一度の言葉が、その人を示す消えないタトゥーのように扱われることがある。本人がそこから歩き続けていても、周囲が読む文字は変わらない。
過去の行為には責任がある。傷ついた相手に、変わった自分を認めてほしいと求めることもできない。
それでも、一つの行為を評価することと、その人の残りの人生まで言い切ることは、同じではない。
点は、誰かを知る入口になる。そこから先の時間にも目を向けていたい。
したことへの責任は残る。
その人の時間は、それからも続いている。
四|土台
使っている言葉を、誰かに教わった。食べ方や礼の仕方を、誰かの振る舞いから覚えた。道を歩けば、その道をつくり、直してきた人の仕事の上を歩いている。
自分の足で立っていても、足の下まで自分でつくったわけではない。
暮らしが滞りなく進むときほど、それを成立させているものは見えにくい。誰かが働き、誰かが引き受け、誰かが手入れを続けている。
それは、私が育ってきた環境にも言える。
自分の努力によって得たものの中にも、その努力を可能にした人や時間がある。そこを見落とすと、できたことのすべてを、自分一人の手柄にしてしまう。
支えてくれた人には感謝する。引き継がれた負担まで、そのまま次へ渡してよいとは思わない。
受け取った恩を知ることと、受け取ったものを問い直すことは、どちらも必要なのだと思う。
私を育てた環境には、人がいる。
私の振る舞いも、誰かが今日を過ごす環境の一部になる。
礼儀を大切にするなら、その振る舞いが何を守っていたのかを知りたい。自由に生きるなら、その自由を可能にしている条件も知りたい。
土台を知ることは、過去へ戻ることだけではない。いま自分が何に支えられ、何を支える側になっているのかを知ることでもある。
昔、身近な大人から聞いた言葉が、年月を経て別の重さを持つことがある。
あの人は、何を見て、そう言っていたのだろう。
聞き直すこともまた、継ぐことなのだと思う。
五|時代
私は平成に生まれた。
昭和を生きた人たちから受け取ったものを持ちながら、令和の暮らしの中にいる。時代は、年号が変わった日に、人の身体から一斉に入れ替わるわけではない。
すれ違うときの挨拶。道を譲られたときの会釈。店を出るときの礼。
私が日本で覚えたその振る舞いには、親しくなる前から、そこにいる人を認める働きがあった。
いま、そのやり取りの温度が薄れているのではないかと感じることがある。つながる手段は身近になったのに、つながっている実感が追いつかない。
昔の音楽や映画に触れると、思いを伝えようとする不器用さに、足を止められる。それが当時の暮らしのすべてだったとは思わない。ただ、そこに描かれた何かを、いまの私が必要としている。
昭和、平成、令和を照らし合わせたい。
何が変わったのか。何を受け取り、何を置き忘れてきたのか。
人との近さに助けられることも、息苦しくなることもある。私が受け継ぎたいのは、相手の暮らしを尊重しながら、そこにいることを認める振る舞いだ。
近づくときの礼があり、踏み込まないための礼もある。
その加減を考えながら、挨拶はできる。礼は伝えられる。気持ちを言葉にすることもできる。
私は、日本のそうした振る舞いが好きだ。ここで育った自分の中に残っていることを、誇りに思う。その誇りを、次の誰かが受け取れる形にするのは、いまの自分である。
昔を褒めるだけでは、挨拶は一つも増えない。
受け継ぐとは、今日、自分がすることだ。
六|刺激
この世界は、もう、脳汁であふれている。
笑い、怒り、驚き、感動。画面を少し動かせば、次の一口が届く。先ほどの感情が落ち着く前に、次の感情が運ばれてくる。
刺激のファーストフードは、実に手際がいい。
注文した覚えのない怒りまで、セットで付いてくる。
私も食べている。便利で、楽しく、助けられる日もある。ときどき、満腹なのか空腹なのかさえ分からなくなる。
笑ったはずなのに、何で笑ったのか思い出せない。何かに強く腹を立てた数分後には、別のものを見ている。
心は何度も動いた。その心を、どこへ運んだのだろう。
休みたかったのか。誰かとつながりたかったのか。考え事から離れたかったのか。違うはずの欲求が、同じ指の動きに集まっている。
そして私は、その場所でBRAIN JUICEを名乗っている。
刺激を問いながら、私も見てほしいと思っている。ずいぶんな看板を出したものだ。
BRAINとJUICE。この名前には、理性と感情の両方を置いている。心が動いたとき、その動きを、自分の生き方のどこへつなぐのかを考えていたい。
短いものにも深さはある。長く見てもらえば心に残る、というものでもない。注意を受け取ったあとに、何を渡しているのか。それは、つくる私に残る問いである。
脳汁は出た。そのあと、何が残った。
たまには、自分が何を味わったのか分かるところまで、噛んでいたい。
七|感情
旅の中で、人の温かさに触れた。
いま、そのことを素直に残しておきたい。
人にはそれぞれの暮らしがある。知っていたはずのことが、旅の途中で、自分の暮らしに近い言葉になった。
私が通り過ぎる場所で、誰かの毎日は続いていく。私と会う前にも暮らしがあり、別れたあとにも暮らしがある。その時間の一部に、私は触れている。
考えていたことに、身体が追いつくことがある。
自分が思っていたより、誰かの振る舞いに支えられている。そのことに気づくと、当然だと思っていたものが、当然ではなくなる。
作品になるか。役に立つか。人に伝わるか。
そう考え始めると、受け取ったばかりのものまで、使えるかどうかで測ってしまう。
温かかった。うれしかった。何かが引っかかった。
まずは、そこにとどまる。
感じたことが言葉になるまでの時間も、持っていたい。うまく説明できないまま残るものを、なかったことにせずにいる。
何もない日を、空白と呼ばないでおきたい。
食べて、移動して、人とすれ違い、夜になる。大きな出来事のなかった日にも、過ごした時間はある。
特別なことがなかった食事にも、人と同じ時間を生きたということは残る。
人生は、あとから話の種になる日ばかりではない。
八|理性
感謝を表す言葉は、いくらでも整えられる。
AIが文章や像をつくる時代に、考えを形にする手段は増えている。その言葉を誰へ渡し、そのあとどう関わるのかは、私の暮らしに残る。
この壁にも、まだ暮らしが追いついていない言葉がある。
書けたことと、できたことのあいだには、その後の時間がある。その時間をどう過ごすかまで、言葉が代わってくれるわけではない。
便利なものに助けられながら、何を自分で選び、何を選ばされているのだろう。
早く答えることに慣れると、問いを持ったままいることが、遅れているように感じられる。けれど、自分が何に動かされているのかを確かめるには、少し時間が要る。
感じたことを粗末にしないためにも、考えたい。
不安を覚えたことは事実でも、相手が危険だと分かったことにはならない。自分が見たこと、聞いたこと、そこから考えたことは、一つの文章の中でも混ざっている。
確かめられたことと、まだ分からないことの境目を残しておく。
「答えを持て。だが、答えに住むな。」
いま見えている範囲で決め、行動し、その結果から学ぶ。別の事実に出会ったら、答えを持ち直す。
私は、自分を信じている。自分の人生に、誇りもある。その自分が、明日には今日の考えを改めるかもしれないことも、信じていたい。
正しいと思っていた自分を守ろうとして、目の前の人が見えなくなることがある。捨てたいと思うプライドほど、手に残っているものだ。
速さに、行き先まで渡さない。
考えるべきことがあるときには、立ち止まる。その選択も、自分のものにしておきたい。
九|現実
お金の話を、ここに置く。
人とのつながりを語るとき、そのつながりを続ける条件まで見なければ、私の言葉は生活から離れてしまう。
お金が要る。
人に会うにも、移動するにも、制作するにも、暮らしを維持するにも。理想を大切にするなら、その理想が動ける条件にも手をかける必要がある。
気持ちが強いだけでは支払えない日がある。時間があっても行けないことがあり、お金があっても時間をつくれないことがある。
会えなかった時間を、思いの少なさだけで片づけたくない。交通費も、休める日も、生活の余裕も、人と人のあいだにある。
会った回数や、贈ったものの値段だけで、人の思いは測れない。
財布を開くたび、何を先にし、何を後にするかという選択がある。
BRAIN JUICEを続けるためにも、私の確信だけでは足りない。知ってもらい、作品に価値を感じてもらう必要がある。私は、その承認も、収入も望んでいる。
反応も気になる。
数字は、制作や暮らしを考えるための情報になる。ただ、見ているうちに、作品の評価と自分の値打ちを重ねてしまうことがある。
勝ちに、自分のすべてを預けない。負けに、自分の値打ちを決めさせない。結果は残る。その先をどう生きたかも、やがて残る。
数える。だが、人まで数にしない。
暮らしのために始めた仕事で、暮らしを後回しにする。自由に描くために求めた収入が、描くものを決め始める。目的と手段の順番は、忙しさの中で入れ替わる。
何のために稼ぐのか。
そのお金で、誰と、どんな時間を持ちたいのか。
理想と現実のあいだには、日々の支払いがある。その一つひとつにも、生き方は表れる。
十|命
いつでも連絡できる。
だから、今日も連絡しなかった。
私にも、先へ置いてきたことがある。
画面の向こうに家族がいる。声を聞ける。顔を見ることもできる。その技術に、私は助けられている。画面について考える言葉を書いている、その画面へ家族からの連絡が届く。
近づいた距離と、実際に共に過ごした時間。その違いを忘れたくない。
会える条件を整えたあとに、会うという選択が残る。
誰にでも終わりは来る。私にも、家族にも、旅先で出会った人にも。その事実を知っていることと、今日の選択に含めることは、同じではない。
だからこそ、すべてを急げばよいとも思わない。
「善は急げ」と言う前に、相手にも相手の時間があることを考えたい。私が届けたい日と、相手が受け取れる日は、同じとは限らない。
限りある時間だからこそ、急いで終わらせたくないことがある。
話がまとまるまで待つ。何でもないことを話す。同じ場所で、それぞれの時間を過ごす。
次の食事を共にできることにも、互いに生きていて、その時間を持てるという条件がある。特別な用事がなくても会えることを、暮らしの中に持っていたい。
作品を見てほしいと求めるときも、私は誰かの時間を受け取ろうとしている。
そのことを忘れずに、それでも残したい言葉がある。
十一|愛
人を想って、初めて知る自分の未熟さがある。
恋愛は、私にそのことを教えた。理想の自分と、実際の自分。その隔たりを、親しい人とのあいだで知った。
家族を大切に思う。誰かに会いたいと思う。世話になった人へ礼を伝える。その気持ちを口にするとき、冗談に包みたくなる自分もいる。
何を言うかより先に、どう見られるかを考えている。
日本とブラジルで暮らす中で、同じ思いでも、表に出しやすさが違うと感じてきた。国の違いだけでは言い切れないが、私が覚えたためらいについては、自分の経験として話せる。
愛を語ることに照れてしまう。その照れも、どこかで身につけてきたものなのだろう。
絵の具にも匂いはある。
この気持ちまで、無臭に仕上げるつもりはない。
愛を語ったあとには、自分の振る舞いが残る。
約束を覚えている。できないことは伝える。相手が変わったら、昔の理解だけで話を終えない。言葉の意味は、その振る舞いの中で問われる。
誰かのためになればいい。
何を、どう差し出すかは、私の仕事だ。受け取るかどうか、何を感じるかは、その人が決める。届き方から学び、伝え方は改めていく。
善意の中にも、認められたい自分はいる。自分が役に立ちたいという願いと、相手が必要としているものは、いつも一致するわけではない。
私の願いを、相手の務めにしない。
「脳で考えろ。心を失うな。」
親しいというだけで、知り尽くしたことにはならない。
長く一緒にいた人にも、まだ聞ける話がある。
十二|壁
壁は、守る。隔てる。そして、何かを残す場所にもなる。
家族と私のあいだにある国境。人に近づくときに覚える距離。自分の中に身についた思い込み。そして、いまあなたがこの文章を読んでいる画面。
その働きは、一つではない。
距離によって守られる生活があり、閉じることで保てる時間がある。何を守り、何を見えなくしているのか。その両方を見つめていたい。
人とつながりたいと願いながら、私はアカウントに鍵をかけている。その内側に作品を置き、人に来てほしいと望んでいる。
黒い画面に白い言葉を置く。声を残す。言葉が現れ、消えるまでの時間をつくる。その間が、考える時間になることも、分かりにくさになることもあるだろう。
この形がどう受け取られるかは、私の意図だけでは決まらない。
ここに置くのは、一人の画家の経験と思索である。政治団体や宗教団体への勧誘を目的としていない。
実生活の中で、言葉の届き方と、自分の関わり方を確かめている。その意味で、私はこの作品を、一つの社会実験としても捉えている。受け取った反応を、次のつくり方や振る舞いへ返していく。
一つの投稿だけを見たときと、あとから別の言葉を読んだときで、見え方が変わる。以前の私の言葉に、いまの私がためらうこともある。
その間に、時間がある。
2026年と記すのは、言葉が生まれた場所を、時間の中にも置いておくためである。
壁に残った言葉は、次の日の私にも読まれる。
書いた本人だけ、素通りというわけにもいかない。
七箇条も、この声明も、できていることの証明書ではない。ここに残した言葉と、その後の行動のあいだに、どんな関係をつくれるか。それも、この作品の続きになる。
それぞれの点が、見る人自身の何かを映す、小さな鏡にもなればと思う。つながる点もあれば、つながらないまま残る点もある。そのすべてを、一本の都合のよい物語にまとめることはできない。
言葉を探していると、昔聞いた誰かの声を思い出す。
終章|壁の外へ
父は、甘かった。そして厳しかった。
とりわけ、男としてどうあるかということには、妙にうるさかった。
小学生の頃、家族で出かけたときのことを覚えている。
「お前、財布は?」
忘れた、と答えると、父は言った。
「男は財布を持って出るだろ。」
まだ小学生である。
そういうことを、大まじめに言う親父だった。大きなことも言うし、母を困らせることも多かった。
そんな親父に、いまも会いに行きたいと思っている。
私の場合、日本とブラジルを家から家まで往復すると、およそ七十二時間かかる。往復の移動と一か月の滞在に、いま私が見込んでいるのは、およそ六十万円である。
航空券に払うのは、移動の値段だ。
会いたい気持ちの値段ではない。
それでも、気持ちだけでは席を取れない。
これまでの働き方のまま、その時間と費用を確保し続けることは、私には難しいと思った。
ブラジルには、家族がいる。
日本には、家族のような人たちがいる。
その両方と生きていくための道を、自分でつくりたい。
私は、絵を描く仕事の中に、その道をつくろうとしている。いつか、自分の作品とともに美術館に立ちたい。
人のため、世のためになるように生きる。
祖父母から受け取ったその言葉を、いまは自分の仕事として考えている。自分の暮らしを守り、人に渡せるものをつくる。
作品を知ってもらい、価値を感じてもらい、対価を受け取る。お金の計算も、届ける仕事も含めて、制作を続けていきたい。
日本とブラジルで暮らし、大切な人とうまいものを食べ、好きなものに囲まれて生きたい。
ここに残す声と言葉にも、絵を描くこの手にも、人と過ごしてきた時間がある。
「この人は、どんな絵を描くのだろう。」
そう思ってもらえたら、うれしい。応援していただけたら、ありがたい。
父は、よく言ってくれる。
「お前が俺の息子で、誇らしい。」
母に出会っていなければ、いまの自分はいないとも言う。そして母の顔を見て、まっすぐに「愛してる」と伝える。
父の背中にも、母の笑顔にも、私の知らない苦労がある。
二人も、はじめから父と母だったわけではない。誰かの子として生まれ、それぞれの人生を生きて、私の親になった。祖父母にも、その前を生きた人たちがいる。
その一人ひとりの時間の先に、私がいる。
まだ、聞いていないことがある。
父と母が、大好きだ。二人の息子であることを、誇りに思う。
あれほどかっこいいと思う父より、少しでもかっこよく生きてみたい。いまは、物で十分には返せない。生き方で返せるものを、これから返していきたい。
私にも、父にも、母にも、それぞれの時間がある。
用事のない日に会い、何でもない話をしながら食事をする。その時間を、暮らしの中に持ちたい。
いま生きている時間を、もう少し深く生きたい。
一人ではできていない私が、その続きを、自分で選ぶ。
七箇条の最後に、私はこう書いた。
「守れるかは、知らない。
行ってきます。」
いまも、その言葉の途中にいる。
手の届くところから、仕事をする。
会いたい人に、会いに行く。
受け取ったものを、自分のところで止めない。
壁に書いた言葉を、
壁の外で、どう生きるのか。
その選択に、愛はあるか。
私は、ここに壁を立てた。
ここに残った時間は、一人分ではなかった。
一つの言葉をたどれば、その前を生きた人がいる。
私の線は、いくつもの線に触れている。
その交わりが、私の暮らす面をつくっている。
この壁に残せるのは、
その面の、ほんの一部である。